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人生を「丁寧に生きる」とは?

丁寧に生きるとはおすすめの本

「丁寧に生きる」とはどういう意味なんだろう。50代に入り、ある本をきっかけにしてやっと見えた答えはこれだった。これからの人生を「丁寧に生きる」生き方とは?

「丁寧に生きるとは何か」=「心が整う生き方」

結論から申し上げますと、

丁寧に生きるとは、「自分を心底大切にしてあげながら生きる」ということ。(※自分とは、心と身体の両方)

結局、この言葉に全てが入っているのではないのでしょうか。

〇〇歳からの「後悔しない生き方」や「死ぬまでにしておきたいこと」など世の中には様々な本や情報がありますが、

最終的には、

「丁寧に生きる」=「自分自身を心底大切にして生きる」=「心が整う」

これに尽きると思うのです。

【丁寧に生きるとは何か】心底腑に落ちることが出来た本とは

【丁寧に生きる】「よひとやむみな」から見えたこと

「よひとやむみな」とは①

一言で言えば、これから起こる大災害と大混乱を前に、『※日月ひつく神示』を元に、 今とこれから必要なこと、御魂磨きの方法を伝えています。

※「日月神示」は、人間が書いたものではなければ宗教でもなく、神様(高次元の意思)が岡本天明という人の肉体を通して自動書記されたものです。

しかし、何冊もの本を読んできた私が声を大にしていいたいのは、「単なるスピ系の本とは一線を画している」、ということです。

これを、自動書記された単なる本として預言書のように取り扱ってしまうのは、あまりにも勿体無い気がしてなりません。

「日月神示」「よひとやむみな」は、これを真剣に受け止める人の人生を大きく変える不思議な力強さを持っています。

かくゆう私も、残りの人生、生き方に対する考えを大きく変えられてしまった一人でもあります。

50歳まで生きていると、自分の歩んできた道、人生、生き方を省みることが多くなります。

仕事、仕事とただ忙しく生きてきた自分の人生を振り返り、これで良かったのかと、立ち止まることもあります。

それは多分、いずれ必ず訪れる「死」というものを若い頃とは違う価値観で感じる年齢になってきているからでしょう。

「よひとやむみな」は、読んで頂ければ解っていただけると思いますが、「丁寧に生きる」ための人生の指南書として間違いなく役に立ってくれることでしょう。

「よひとやむみな」とは②

著者について

世界中の神、人類創造エロヒムの一柱、天地、宇宙を司る神の一柱、瀬織津姫穂乃子。
出口なお、王仁三郎、岡本天明に神示を降ろした神。

この教えは、宗教ではない。

教会ではない。

道であるぞ。

道とは人が生きる道。

道とは知識ではない。

生き方ぞ。

「よひとやむみな」より抜粋

【丁寧に生きるための心の在り方】│よひとやむみなから学ぶ①

心の鏡

自分の周りで起きている事は、「すべて自分の心が映しだしたもの」と気づくこと、一旦立ち止まり、省みることで真の自分と向き合うことが出来る。

たとえ自分にとって嫌だ!と思う現実が起こったとしても、

それも又、全ては「自分の心が映しだしたもの」なのです。

「いや、いや、私はこんな現実を心に描いた覚えはない!」

そう思っても、起きている全ては自分に責任があります。

普段、ふと気が付くと無意識に考えてしまってないだろうか。

一人で食事をしている時や、歩いている時、電車に乗っている時など、

心配、イライラ、不安、不満、憂鬱・・・・。

気が付くと、毎日毎日、そんなことばかり考えている自分がいることに気づくことがあります。

どうやら、無意識にいつも考えていることが、

自分の現実に現れてくるようです。

この「無意識」というのが厄介です。

「すべて自分の心が映しだしたもの」だとすれば、

普段、無意識のうちに、

心配、イライラ、不安、不満、憂鬱・・・・をいつも抱えているから、

現実がその通りになってしまうわけです。

しかし、

もし目の前の現実が、自分の望むものでないとしたら、

一旦立ち止まり、軌道修正すればいい。

心配、イライラ、不安、不満、憂鬱なことばかり考えてないで、

もっと心地良いことを考えよう、

そんなことを考える暇があるのなら、もっと自分を大切にしよう。

誰かに気に入ってもらうために生きているのではない。

誰かに評価してもらうために生きているのではない。

誰のためでもない、かけがえのない自分を大切にして、自分の為に生き、

しっかりと自分と向き合ってこそ、

本当の自分の人生を生きることが出来るようになるのだ。

そんな愛のあるメッセージを、この本「よひとやむみな」から感じるのです。

よひとやむみな 日月神示

【丁寧に生きるための心の在り方】│よひとやむみなから学ぶ➁

心のゴミを掃除する:ゴモク(京都の言葉でゴミのこと)

目を閉じて、一人静かな時間を持つ。

ゴモクはけがれ。

ゴモクは曇り。

内に溜まった怒り、不満、恐れ、恨み、すべてゴモク。

エゴからくる感情に振り回されるのは、自分の意識が周辺にあるからじゃ。

渦に飲み込まれてしまうのじゃ。

周辺部には古い考えや価値観がある。

それが良い悪い、成功失敗、上下、優劣、損得、

すべて何かを二極に分ける物差しぞ。

人間は見えるものや起こる出来事を、この物差しですぐに判断しておろう。

そこから離れて中心に意識をおけ。

「よひとやむみな」より抜粋

「意識を中心におく」

これは、まるで現代で言う「瞑想」を進めているかのような言葉ですよね。

確かに1人、静かな時間を持ち自分と向き合うことは、何かと気忙しい現代人にとって非常に重要です。

自分の意識を外に向けてばかりいると、自分の感情が常に他人に振り回されて

「自分軸」で生きられなくなってしまいます。

日々の生活の中で、ほんの少しの時間でも良いから、

自分自身の心の声に耳を傾け、

いつも自分の頭の中で、うるさくしゃべり続ける声には、

少しだけ黙っててもらう時間を作るのも、

「心を整える」上で、必要なことなのかもしれません。

さいごに

「よひとやむみな」は、教訓や説教というより、人が生きていく上での指針、「心の整え方」をわかりやすくごくシンプルに力強く語ってくれています。

今回この本から、ほんの少しだけ抜粋させていただきましたが、本に記されていることを実践していけば、自ずと丁寧な生き方が出来るのではないかと思います。

まあ、偉そうなことを言っておりますが、私もまだまだ実践途中であり、道の途中です。

自分を省みることはあっても、決して自分を責めず、

嫌なことがあっても人を責めず、

焦らず、

常に自分と対話しながら、丁寧に生きていきたいと思うのであります。

「よひとやむみな」には、まだまだこちらでは書ききれないほどの素晴らしい言葉がたくさん綴られています。

ぜひ、多くの方々に「よひとやむみな」を知っていただき、ご自身でその素晴らしさ、言葉の力強さを味わっていただけたらと願ってやみません。

「神様」、というと、

なんだか信憑性にかけるだとか、現実逃避しているのではないかと感じる方もいるかとは思いますが

日本人であれば、ほとんどの方が初詣に行ったり、七五三に行ったり、合格祈願に行ったり、と神社を訪れ、

神に手を合わせた経験があるのではないでしょうか。

日本各地にあるお祭りもそうですが、私たちには、はるか大昔から「神様」(大いなるもの)を身近に感じ共に生きてきた歴史があります。

私たちが神(大いなるもの)を信じようが信じまいが、いつでも見守り、ご守護くださっているのではないかと思うのです。

よひとやむみな 日月神示
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